無個性な個性の中に見つける香り

マチネの終わりにという映画をご存知でしょうか。その中にクラシックギタリストの蒔野聡史と通信社に所属するジャーナリストの小峰洋子がパリの街角のビストロで白ワインを飲むシーンがあります。

まだ明るい時間に爽やかな風が心地良さそうな窓際の席。ふたりのグラスの中身が気になります。窓辺の爽やかさからすると、香りが華やかなリースニングやソーヴィニョンブランあたりから仕上げられたワインが思い浮かぶのですが、このシーンはそんなに軽やかな内容ではなさそう。むしろシャルドネ種で造られたフルボディが似合うように思えてきます。

 わずかひとつのシーンでもワインの香りが持つイメージが広がっていきます。目を閉じて口に含んだ残り香に意識を向けると、自然そのものに触れたような感覚に包まれてしまいそうになります。まさに奥深い飲み物だなと、いつも魅了されてしまいます。

 そんな香りを楽しんでいて、ふと思ったことがあります。映画のワインはvin blanc(ヴァンブラン)。文字通り白ワインなのですが、白くはありません。ご存知の通り、白ワインは多少の色味はあってもほとんどが透明です。透明なのに白と呼ばれるのは面白いですね。白葡萄から造られるから白ワインと呼ばれるとも言えますが、それでは黒葡萄から造られる赤ワインは黒ワインとは呼ばずvin rouge(ヴァンルージュ)ですよね。

 そこで白ワインの新しい表現を探してみました。たどり着いたのはフランス語で透明を表すclair(クレール)。英語のクリアです。女性名詞のLa clarteをを用いてvin clarte(ヴァンクラルテ)も素敵だと思いませんか。

 このvinvin clarteの代表格にシャルドネという品種があります。ブルゴーニュ地方南部のマコネが発祥とされるシャルドネ種は、白ワインの女王と記されることもあります。私が習ったテキストには『無個性の個性』と記載されており、とても印象に残っています。

 シャルドネは一般的に香りの弱い白葡萄品種だとされており、だからこそ造り手によって醸造と熟成の幅が広くなっています。葡萄の果皮を一緒に発酵させる赤ワインとは違い、果皮を処分してから仕上げに入る白葡萄本来のフルーツの香りに加え、マロラクティック発酵によってバターやクリームの香りを与えたり、オーク樽での発酵でスモークやバニラの風味を加えることができる千変万化なポテンシャルを持ち合わせているのです。

 自動車風に書けば、フェラーリやランボルギーニ、アストンマーティンのような押し出しはないけれど、走り出せば強さを見せ、オーナーが少し手を加えることで味わいが変わるポルシェのような存在だと思うのですがいかがでしょうか。

 おもしろい話があります。1976年のパリ対決で本場フランスのシャルドネワインではなくカルフォルニアのシャルドネワインに対して軍配が上がりました。これこそまさにシャルドネの面目躍如。その色そのままに透明な素材に人が手を加えカスタマイズするおもしろさと味わいに満ちているのですね。

 ところでワインを評価する際に『ボディ』という表現を用いることが多くあります。アントシアニンやタンニンを総称するポリフェノールとアルコールなどの違いによって『フルボディ』『ミディアムボディ』『ライトボディ』と分けられています。白ワインは『辛口』とか『甘口』と称されることが多く、ボディは赤ワインを指しているようですが、じつは白ワインもボディで表します。きっと果皮を使わないために、本質が出やすくなってしまうためなのはもちろん、シャルドネのように変化させることを造り手が楽しむ複雑さゆえに、ボディではなく口当たりを使うのかもしれません。フルボディになるのは醸造だけでなく、糖度の多い葡萄品種から造られる場合が多く、温暖な地域は糖度が豊富に含まれやすいようです。

 シャルドネ種は辛口のフルボディに仕上がることが多いように感じるのですが、有名なシャブリのようにレモンを彷彿させる爽やかでキレがある酸味やシャープなミネラルを感じるボディになることもあり、さまざまなアプローチがなされるのもシャルドネ種の魅力となっています。ぜひ、ひと口飲み終えた後に香りや味わいが長く残るワインをお楽しみください。

 フルーティ、華やか、爽やか、オイリー、ミネラリーなど白ワインの香りを形容する言葉は多く、忘れられない香りは五感に響いてきます。この原稿を書き上げた後で浸る白ワインはブルゴーニュのムルソーかピュリニーモンラッシュか迷っています。

 あなたとあなたの特別な方と。複雑で奥深い味わい、そして、500通とおりとも600とおりとも言われる香りの中からお好きな香りを探してみてはいかがでしょうか。

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